【悩めるあなたへ】今日、一日の区切りで生きよ。〜エピソード編〜

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今日一日の区切りで生きる

この言葉の意味するところは、おそらく皆さん誰でも理解できるでしょう。

「今日という日を全力で生きる」

簡単にいうと、こんな意味になるとおもいます。

かのスティーブ・ジョブズも別の視点で、これと同じようなことを言っています。

「もし今日が人生最後の日だとして、今やろうとしていることは 本当に自分のやりたいことだろうか?」

今を懸命に生きる―。

これに似たような言葉は、誰しもが、他の誰かによって言い聞かせられたことでしょう。

それ位有名で、よく言われる人生訓といえます。

では、これを実践出来ている人はどの位いるでしょう?

おそらく、ごく少数だと思います。

多くの人は、この人生訓をそもそも実践する気がないか、実践しようとしても中々できないでいるか、このどちらかでしょう。

では、この人生訓を実践したとしたらどうなるのでしょうか?

以下に示すのは、「今日一日の区切りで生きる」ことを実践した3人のエピソードです。

彼らは、異なる境遇を歩み、異なる苦悩を抱え、異なる方法でこの人生訓と出会うことになります。

その結果、なにが変わったのかご自身で確認してみてください。

ある医学生の場合

ある一人の優秀な青年がいた。彼は医学生だった。

そんな彼にも悩みはあった。

卒業試験のこと、診療科目に何を選ぶべきか、卒業したらどの病院に勤めようか、どうやって開業するか、生活はどうしようか…

悩み多きこの青年は、ある一節に出会ったことにより、のちに当時もっとも有名な医師になることができたのである。

「我々にとって大切なことは、遠くにぼんやり存在するものに目をやることではなく、手近にはっきり存在することを実行することだ」(『道は開ける』序―悩みに関する基本事項「今日、一日の区切りで生きよ」 より)

トーマス・カーライルの言葉だった。

この言葉を胸に、のちの人生を「一日の区切り」で生きていった青年の名は、サー・ウィリアム・オスラーという。

オスラーは医科大学を創設し、極めて広範な研究を行い、今日の医学教育の基礎を築いた功績から、イギリスの医学者にとっての最高権威にまで登り詰めた。

トーマス・カーライルは19世紀イギリスの歴史家・評論家。

新渡戸稲造や夏目漱石なども影響を受けたといわれる。

ニューヨーク・タイムズ経営者の場合

世界的な有力紙のひとつである、ニューヨーク・タイムズ紙。

その経営者であったアーサー・ヘイズ・サルズバーガーは酷い不眠症に陥っていた。

当時は第二次世界大戦の最中。彼は混迷極まる世界情勢の行く末に不安を感じ、精神がボロ靴の底のように擦り減ってしまった。

先の見えない戦争の今後を考えるたびに、彼は眠ることができなくなってしまった。

しかし”あること”がきっかけで、彼の中に合った不安は消え去り、心には平安が訪れたという。

あることとは、「絵を描くこと」であった。

真夜中に彼はベッドをしばしば抜け出し、キャンバスと絵具を用意して鏡に映る自分の自画像を描いた。

これまで絵などあまり描いてこなかったが、自分の心から不安を追い払うために一心不乱に筆を動かした。

絵を描くことにより、彼は未来への不安や恐れといった感情を解消できることに気づいた。

それからというもの、「ただひとあしを照らせ」という讃美歌が彼の座右の銘となった。

”優しき道しるべの光よ

我が足元を照らせ

行く末、遠く見るにあらず

ただ、ひとあしにて、足れり”

人生を歩む上では、遠い先のことを案じるのではなく、現在(いま)を歩むことのみを行うべき。とまぁ、そんな感じかな。

戦争を経験した、ある兵士の場合

そのアメリカ軍兵士の仕事は「死傷者記録係」であった。

具体的な任務は、戦死者、行方不明者、病院への収容者を数え上げ、その記録を取ることだった。

砲撃により即死した歩兵を塹壕(砲撃や銃撃から身を守るために使う穴のこと。)から掘り起こすことも任務の一つとして行ったりもした。

多くの仕事を、常に忙しくこなす必要があった。

このような仕事を続けていて、まともな精神状態を保てるわけがない。

戦争の終わりが見え始めた頃、極度の疲労はついに身体に激痛を伴う症状としても現れることとなった。医師には『痙攣性横行結腸』と診断された。

「戦争が終結していなかったら、私は間違いなく完全な廃人となってしまっていたことだろう」

彼は自身を振り返り、そう語ったという。

「いつか取り返しのつかない失敗をしてしまうのではないか?」

自身の任務の責任の重さに圧し潰されて、絶えず不安に駆られていた。

心労と体力の消耗により体重は15㎏減った。常に気が高ぶり、半狂乱ともいえる状態にあった。一人でいるときは涙が止まらなかった。

「自分は二度と正常な人間に戻ることは出来ないのではないか?」

故郷には生まれたばかりの自分の息子がいたが、自らの手で抱けるか心配なほどだった。

ついに彼は、陸軍の診療所に収容されることとなる。

しかし、そこで診察をしてくれた軍医から言われたアドバイスが、彼を不死鳥のように見事に蘇らせた。

『一度に一粒の砂…一度に一つの仕事』

それが医師からのアドバイスだった。

テッド、君の人生を砂時計と考えてみるんだ。砂時計の上部には、無数の砂が入っている。そして、それらの砂はゆっくりと、一定の速度で中央のくびれた部分を通過していく。この砂時計を壊さないためには、君や僕が余計な手出しをせずに、砂の一粒一粒がくびれた箇所を通過するままにしておく方がいい。君にしても、僕にしても、他の誰にしても、この砂時計そっくりなのさ。(『道は開ける』序―悩みに関する基本事項「今日、一日の区切りで生きよ」 より)
朝、仕事をはじめる時には、その日のうちに片づけてしまわねばならないと思われるものが山ほどある。けれども、我々には一度に一つのことしかできないし、砂時計のくびれた部分を通るように、ゆっくりと、一定の速度で仕事を片付けるしか手はない。さもないと、肉体や精神の働きが狂ってしまうのだ。(『道は開ける』序―悩みに関する基本事項「今日、一日の区切りで生きよ」 より)

このアドバイスを聞いてからの日々は、この哲学を実践し続けた。

この言葉によって彼は救われた。

軍隊を去ってからは、印刷会社の広告宣伝部長として仕事をこなしながら、彼は余生を楽しく過ごしたようだ。

三人の共通項とは?悩みに解決するカギについて。

三者三様の人生を歩んでいる彼らですが、共通する事柄がいくつかあります。

まず一つが、「苦悩の時期があった」ということ。

二つ目は、悩みのタネは「将来についての不安」だったこと。

三つ目が、「未来に対して恐れることを止め、現在(いま)に向き合った」こと。

最後4つ目が、「今日という日に没頭した結果、未来への不安が解消した」こと。

次回、「今日一日の区切りで生きる」ことについての解説編をアップ予定です。

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