ヒト

【勝率・KO率ともに100%】悲劇の最期を遂げた狂気のボクサー、エドウィン・バレロについて

世界王者唯一のパーフェクトレコード保持者

バレロの生涯戦績は27戦27勝27KOです。

プロになってから28歳で亡くなるまで、全ての試合でKO勝ちしています。

つまり勝率・KO率ともに100%ということになります。

このパーフェクトレコードの持つのは世界王者で唯一、エドウィン・バレロだけです。

しかもデビューからの18戦に関しては、全て1ラウンドでKO勝ちしています。

その強さから「バレロと戦って1ラウンド持ちこたえたら100万円」という異例の賞金マッチが組まれたこともありましたが、その試合でも1ラウンドKO勝ちを収めています。

狂気を秘めたファイトスタイル

欠点を指摘されながらも、誰も太刀打ちできない

バレロのファイトスタイルには、いくつか欠点が指摘されていました。

・顎が上がる

・ガードが下がる

・両足が揃う

いずれもボクシングの本流からは外れた戦い方です。

しかし欠点を分析されてもなお、誰もバレロを崩すことができませんでした。

それどころか、どの選手もバレロの猛烈な勢いに完全に飲まれているような印象さえありました。

WBC世界ライト級と元WBA世界スーパーフェザー級の2階級を制覇した結果をみれば、他人からみた欠点などはバレロにとって問題では無かったのです。

パッキャオ陣営も彼をライバルと認めていた

当時のパッキャオのトレーナーであるフレディ・ローチは、バレロについて次のように語っています。

「バレロは少しスピードがないが、多くの力を持っている。パッキャオにとって一番のライバルはバレロだ。彼はとても危険だ。」

バレロvsパッキャオというカードが実現していたら、はたして結果はどうなっていたのでしょうか。

パッキャオが6階級制覇をはたした今となってはバレロ優位を主張する声は少数派ですが、当時のバレロにはそれだけの勢いと爆発力がありました。

拳を交えた男が語る、バレロの強さとは?

現役時代にスパーリングをしたことがある元OPBF東洋太平洋ライト級王者の石井一太郎氏(現横浜光ボクシングジム会長)は、バレロの強さについて以下のように評しています。

石井一太郎氏(以下、石井)「もうボッコボコ、まったく歯が立たない。」

聞き手(以下、*)「どれぐらいの差なの、それは?」

石井「ジャブを突いてきて距離キープしてきて、ジャブジャブからしっかり作ってくる。だからもう何も出来ない。もうヘビに睨まれたカエル状態。」

*「(スパーは)何ラウンドですか?」

石井「4ラウンドかな。本当その4ラウンドで一発しか当たらなかった。一発だけ当たって”もう今だ!”っていった瞬間に、俺倒れてた。」

*「カウンターもらったんですか?」

石井「うん、カウンターもらって。すぐ立って最後までやったけど、もう全然相手(にならない)。本当にバケモン。」

石井「試合だとさ、口うわぁーって開けながらさ、獰猛じゃん。でもスパーリングの時はすごく丁寧。距離をキープしつつ、どんどんパンチを出してきながら(相手を)ずっと見てるような感じ。んで何かしら返してきた瞬間にそれに(カウンターを)合わせるっていう。」

顔をしかめたくなる、ボクシング界のタブー

圧倒的な強さを誇りながら、後世において彼が語られる機会はそう多くありません。

彼はボクシング界において、ある意味「タブー」のような存在になってしまいました。

妻殺しのボクサー

バレロは「自殺」により、28歳という若さでこの世を去っています。

当時の彼はコカインとアルコール中毒により精神異常をきたしていたと言われています。

なんともショッキングな最期ですが、話はまだ終わりません。

彼は亡くなる前日に、妻を自らの手で殺害しています。

晩年のバレロはたびたび妻に暴力を振るっていたとされ、妻を殺害する数週間前には肺の破裂と肋骨骨折という重傷まで負わせています。

「妻殺し」はその矢先のことでした。

滞在中のホテルの部屋で妻を刺殺したバレロは、裸足でフロントを訪れ「妻を殺した」と告げ、駆けつけた警官によりほどなく逮捕されました。

その日のうちに警察署に留置されたバレロでしたが、その翌日に自らが履いていたスウェットパンツで首を吊っているのを他の囚人により発見されます。

2010年4月19日―バレロは警察署の独房の中で、その短い生涯を終えました。

ボクシング世界王者としては、あまりに悲惨過ぎる結末でした。

ドラッグとアルコールに蝕まれた人生

彼の祖国であるベネズエラは「コカイン国家(Narco Estado)」という不名誉なレッテルを貼られています。

これは政府・軍・政治家などが密売に関与している国家を意味します。

コカインカルテルが絶大な影響力を持つベネズエラでは、薬物依存が大きな問題となっています。

バレロも間違いなくコカイン(とアルコール)によって人生を狂わされた一人です。

一説によるとドラッグに手を出し始めたのは10代の頃からとも言われていますが、少なくとも家庭内暴力が表面化したときにはすでに薬物とアルコールにどっぷり浸かっていたようです。

バレロが亡くなる半年前には自身の母親と姉妹を殴ったとして家庭内暴力容疑で逮捕されていますが、そこからほどなくして飲酒運転でも逮捕されています。

亡くなった妻の母親は「最近のバレロは何も食べず一睡もせずに毎日コカイン等の薬物ばかりやっており、ますます暴力的になっている」と娘から生前に聞いていたと、彼女の葬儀の場で話しています。

先にも触れた妻への暴行容疑での逮捕の直後には薬物とアルコール中毒の治療のため精神病院で6ヶ月のリハビリ生活を送ることが決まっていましたが、ここでも飲酒運転を起こしてしまい病院に向かう途中の飛行機に乗り遅れてしまいます。

バレロはこの飛行機に乗り遅れたことで病院に向かうのをやめ、なぜか接見禁止令の出されていた妻に会いに行くことになるのですが、その結果は先に述べたとおりの悲惨なものです。

このとき、飲酒運転をしていなければ妻は殺されずに済んだのかもしれませんし、精神病院で中毒から抜け出せていたのかもしれません。

元来の気質もあったのかもしれませんが、コカインとアルコールが彼の人生の歯車を狂わせた側面については否定できません。

王様のような存在

バレロの胸のタトゥーにはベネズエラ国旗と
ともにチャベス大統領の顔が彫られている。

前人未到のパーフェクトレコードを持つ世界チャンピオンとして、バレロはベネズエラでは国民的英雄でした。

当時のベネズエラ大統領だったウゴ・チャベスとも深い親交があったとされています。

幼少期の極貧生活から一転して、地位・名声・富を手に入れた後の彼の振る舞いはまさに傍若無人そのものでした。

妻を病院送りにした際にも、彼は妻に対して「警官に事情を話すな」と命令したうえ、医者と看護師までも脅迫しています。

妻への”暴行容疑”と病院関係者への”脅迫容疑”で一旦は逮捕されますが、報復を恐れた妻とその母親が暴行を受けたことを否定したことから放免となっています。

また彼には財力もありました。

接見禁止令が出されていたにも関わらず妻に会うことができたのは、妻の護衛についていた警官たちに賄賂を渡し味方に引き入れたためです。

大統領の影響力から、気に入らない人間を殴り倒した(殺した)としても無罪放免だったとも言われています。

周囲の人間は、バレロとその後ろ盾が恐くて逆らえないような背景がありました。

はたしてバレロとは何者だったのか?

レジェンドになれなかった「ボクシング界の恥」

パウンド・フォー・パウンドについて語られるとき、そこにバレロの名前はありません。

それは真の強敵と呼べるようなボクサーとの対戦経験が無かったためです。

主戦場であったスーパーフェザー級はパッキャオを始めとして多くのスターが揃い踏みで、バレロ本人も彼らとの対戦を強く望んでいました。

しかし、その夢が叶うことはありませんでした。

ビッグタイトルが実現間近になるたび、バレロの問題行動が浮き彫りとなったからです。

数少ないチャンスを身から出た錆によってふいにしてしまった男は、ついにレジェンドになることはできませんでした。

それどころか地位と名声は地に落ち、「ボクシング界の恥」という不名誉な称号まで与えられてしまったのです。

凶暴なファイトスタイルから垣間見える、練習量と確かなテクニック

バレロは練習中、ほとんど人と会話をしなかったといいます。

ひたすら黙々と練習をこなし、言葉を発したかと思えば自らに話し掛けているというような危ない男でした。

身にまとう雰囲気も試合さながらの殺気に満ちたものだったため、「あいつはイカれている」とジムの誰も近寄らなかったと言われています。

それほどまでにバレロのトレーニングがハードかつ濃密なものだったといわれています。

バレロと同じトレーニングをこなせる人は、はたして世の中にどれだけいるのでしょうか。

彼は才能だけで勝ち上がった男ではないのです。

このことは、彼の試合からも伺い知ることができます。

一見すると荒削りにも見えるスタイルですが、相手のパンチを最小限の動きで避けているところなどから相当の技巧派であることが分かります。

戒めとしての存在

その凶暴性と異常行動は生まれつきのものなのか、彼が10代に経験したバイク事故による脳出血によるものなのか、それともコカイン中毒によるものなのか。

今となっては、その真実は誰にも分かりません。

もしかするとそれらの人間像はつくられたもので、実際のバレロのイメージとかけ離れたものなのかもしれません。

彼が起こした数々の事件の真相と、その心の内は当事者にしか伺い知ることはできません。

しかし、その常軌を逸した雰囲気については試合を見ているだけでもひしひしと伝わってきます。

ひとつだけ言えるとするなら、彼は間違いなく「破滅型」の人間です。

彼を公私ともに、もしくはそのいずれかでもコントロール出来るような理解者がいたとしたならば、彼の人生はまた違うものとなっていたのかもしれません。